メニュー

運動はうつ病予防に効果あり?【専門医が解説】

[2025.06.27]

はじめに

「心の風邪」とも呼ばれるうつ病。ストレスの多い現代社会において、誰にとっても無関係な話ではありません。「うつ病の予防には運動がいいらしい」という話を、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?

しかし、気分が落ち込んでいるときに「運動しましょう」と言われても、なかなか気が進まないものです。そもそも、その話は本当に医学的な根拠があるのでしょうか?

この記事では、うつ病予防と運動の関係について、医学研究結果や公的機関の情報を基に分かりやすく解説し、毎日の生活に無理なく取り入れられる運動のヒントをご紹介します。

運動はうつ病予防に効果があるか?

結論から言うと、うつ病予防に対する運動の効果は、多くの研究によって科学的に支持されています。

例えば、2018年に医学雑誌『American Journal of Psychiatry』に掲載された大規模なコホート研究では、週に1〜2時間程度の軽い運動でも、将来のうつ病発症リスクを低下させる効果がある可能性が示されました。 (Harvey, S. B., et al. (2018). Exercise and the prevention of depression: results of the HUNT cohort study. Am J Psychiatry. 2018 Jan 1;175(1):28-36.)

では、なぜ運動が心の健康に良い影響を与えるのでしょうか?そのメカニズムは、仮説の段階ではありますが、いくつか提唱されています。

  1. 脳内物質の変化 運動をすると、脳内で「セロトニン」や「ノルアドレナリン」といった神経伝達物質の分泌が促されます。この中でもセロトニンは精神を安定させ、幸福感をもたらす働きがあると考えられているため、「幸せホルモン」などとも呼ばれています。うつ病の治療薬にも、これらの物質の働きを調整することをターゲットにしたものが主流です。 また、運動は脳由来神経栄養因子(BDNF)という物質を増やすことも分かっています。BDNFは神経細胞の成長を助け、脳の機能を健康に保つために重要な役割を果たします。

  2. ストレス反応の緩和 運動は、ストレスホルモンである「コルチゾール」の過剰な分泌を抑制し、ストレスに対する心身の反応を和らげると考えられています。適度な運動を習慣にすることで、ストレスに対するレジリエンスを高めることができると考えられています。

  3. 心理的な効果 「運動を継続できた」「目標を達成できた」という経験は、自己肯定感や自信を高めてくれます。また、運動に集中することで、ネガティブな考えから一時的に離れることができ、良い気分転換になります。

これらの理由から、運動はうつ病の「予防」だけでなく、すでに軽度のうつ症状がある場合の「改善」にも有効であると期待されています。

うつ病予防に適した運動の方法は?

「運動が効果的なのは分かったけれど、どんな運動をすればいいの?」という疑問が湧くと思います。うつ病予防には、大きく分けて「有酸素運動」と「筋力トレーニング(筋トレ)」のどちらも有効とされています。

過去には有酸素運動が注目されがちでしたが、近年の研究では筋トレの有効性も明らかになっています。2018年のメタ分析(複数の研究を統合して分析した研究)では、筋力トレーニングが、その量や強度にかかわらず、うつ症状を軽減する効果があることが報告されました。 (Gordon, B. R., et al. (2018). Association of efficacy of resistance exercise training with depressive symptoms: meta-analysis and meta-regression analysis of randomized clinical trials. JAMA psychiatry, 75(6), 566-576.)

運動の種類

特徴と効果

具体例

有酸素運動

比較的低い強度で長時間続けられる運動。セロトニンの分泌を促し、気分を高揚させる効果が高いとされています。リズミカルな動きが多いため、没頭しやすく、気分転換に最適です。

ウォーキング、ジョギング、サイクリング、水泳、ダンス、踏み台昇降など

筋力トレーニング

筋肉に負荷をかける運動。自信や達成感につながりやすく、自己肯定感を高める効果が期待できます。成長ホルモンの分泌を促し、意欲の向上にもつながります。

スクワット、腕立て伏せ、腹筋、懸垂など

 

運動の目安 世界保健機関(WHO)は、健康維持のために以下のガイドラインを推奨しています。

  • 中強度(少し息が弾むくらい)の有酸素運動を週に150分〜300分

    • 例:「1回30分のウォーキングを週に5日」など

  • または、高強度(息がかなり上がるくらい)の有酸素運動を週に75分〜150分

  • 加えて、週に2回以上の筋力トレーニング

(World Health Organization (WHO). (2020). WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour.)

ただ、忙しい日常でこの運動量を達成できる人はなかなかいないと思います。

まずは「1日10分程度のウォーキングから」というように、ご自身のペースで始めてみましょう。大切なのは「継続すること」です。

どうしても運動をする気が起きないときは?

気分が落ち込んでいて、どうしても運動するエネルギーが湧いてこない時もあります。そんな時は、無理をする必要はありません。自分を責めず、以下の方法を試してみてください。

  • ハードルを極限まで下げる 「運動するぞ!」と意気込む必要はありません。「とりあえずウェアに着替えるだけ」「家の周りを5分だけ歩く」「ストレッチを1つだけやってみる」など、ほんの少しの行動でOKです。行動を起こすことで、意外と気分が乗ってくることもあります。

  • 「ついで」に動く 通勤時に一駅手前で降りて歩く、エレベーターではなく階段を使う、テレビを見ながらストレッチをするなど、日常生活の中に組み込むことで、運動のハードルを下げることができます。

  • 楽しいことと組み合わせる 好きな音楽を聴きながらウォーキングする、友人と一緒にハイキングに行く、好きな景色の場所まで散歩するなど、「楽しい」と感じられる要素を取り入れてみましょう。

天気が悪い時、暑い日/寒い日に運動をするには?

天候を理由に運動の習慣が途切れてしまうのはもったいないですよね。そんな時は、室内でできる運動に切り替えましょう。

  • ヨガ・ストレッチ
    YouTubeなどの動画サイトには、初心者向けのヨガやストレッチの動画がたくさんあります。リラックス効果も高く、自律神経を整えるのに役立ちます。

  • 自重トレーニング
    スクワットや腕立て伏せなど、自分の体重を負荷にして行うトレーニングは、場所を選ばずいつでもできます。

  • ダンスエクササイズ
    音楽に合わせて体を動かすダンスエクササイズも、楽しみながらできる有酸素運動です。

  • フィットネスジムや公共の体育館を利用する
    環境を変えることで、気分転換になり、モチベーションが上がることもあります。

まとめ

うつ病予防における運動の効果は、多くの科学的研究や公的機関によって証明されています。運動は脳内の化学物質のバランスを整え、ストレスを緩和し、継続することで自信にも繋がります。

大切なのは、完璧を目指さず、自分に合ったペースで楽しみながら続けることです。まずは「5分間の散歩」からでも構いません。その一歩が、あなたの心と体を守る大きな力になるはずです。

もし、気分の落ち込みが長く続く、日常生活に支障が出ているなど、つらい症状がある場合は、一人で抱え込まずに専門の医師に相談してください。


文責 山﨑龍一(医学博士、日本専門医機構認定精神科専門医、日本精神神経学会精神科専門医制度指導医、精神保健指定医)

HOME

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME